境道介は竹生島を見に行った時、木谷れい子という若い自殺娘を助けた。れい子をつれて道介は、京都にいる同じ陶工の友人山口の家に厄介になった。翌朝電報で東京から駈けつけた彼女の叔母三浦暁子をみて道介は息をのんだ。数年前、暁子が元大臣の次男三浦清高と婚約が整った日、家族の者と一緒に金山陶雨の展覧会を見に行った際、説明役をしたのが弟子の道介だった。それから父の使いで陶雨の仕事場を訪ねるたびに暁子と道介は親しくなっていった。しかし、それも、暁子の結婚でプッツリと切れてしまった。そんな二人の過去を聞いて、れい子は驚いた。琵琶湖での自殺未遂事件も、実は婚約者の八田が机の上に暁子の写真を飾っていたことにショックを受けての出来事だった。このことから、東京に帰った道介のアトリエに暁子とれい子が屡々訪れるようになり、れい子は琵琶湖で初めて会ってから道介を愛していると語った。...
ローマの裏街、描く絵は認められず、歌手の夢に破れた宮坂千乃との情事にも充たされず狐独をかみしめていた高木は、たまたま絵を買ってくれた秋月に勧められて帰国したのだった。彼の滞欧作品展は好評をうけ、会場には今は人妻となった千乃や謎めいた美少女などが訪れた。その少女の清純な印象は強く彼の心に焼付いたが、千乃とはまた以前の関係を続けるようになった。やがて秋月のアトリエで制作にとりかかったがカンバスに描かれたそれはモデルとは似ても似つかぬあの少女の像であった。偶然にも千乃の口からその少女、野村由子の境遇が知らされた。聾唖児童の愛護園で保母をしているその人は自身も聾唖者であり、近々イタリアへ社会福祉施設を見学に行くという。愛護園を訪ねた高木に由子は、八年前厚生指導所で絵を習ったことがあると黒板に綴り、美しいものを見る目を開いていただいたと感謝するのだった。由子は...
紅葉の秋。味が自慢の天ぷら屋天銀の一人息子小林銀之助は、幼馴染の多佳子と磐梯に登るが、旧友今村謙太郎と香取啓子たちの一行と会った。銀之助は後輩にあたる啓子が好きだった。夫に先立たれた銀之助の母うめは、店で小まめに働く多佳子を、息子の嫁にと思っている。一方、謙太郎は前川建設の有能な技師で、啓子は社長秘書。彼女の父、丸菱商事の重役香取英介と前川社長とは無二の仲で、お互の糟糠の妻である安江と正子はよき相談相手だ。香取の頼みで前川は、謙太郡と啓子を結婚させようと骨を折っているが、肝心の本人同士が一向に煮えきらない。ある夜、香取と前川がバー蜂の巣へ出かけると、マダムの京子は前川が二号として囲っている女給ツヤ子に、同じアパートの吉田という学生が熱をあげていると耳打ちした。自分の娘と同じ年頃の女の子相手に惚れたはれたでもなかろうと、前川も考えていた矢先きである。...
東京は神田の学生街、レストラン“デュポン”は昼どきともなるとまさにラッシュのありさまだ。ここで人気者はコックの九ちゃん、彼は東洋放送会長を父に持つ富裕な家に育ちながらコックになろうと決意、家出して働いているのだ。ここの一人娘菊代とは折があれば喧嘩ばかりする仲だが、互いに憎からず思っていることも確かだ。九ちゃんの弱い相手は家出の秘密を握られている六人組。彼等は“教授”と呼ばれるペテン師に使われて、裏口入学の希望者をペテンにかけて金をせしめているペテングループである。が、天性のトンマぶりを発揮して失敗ばかりで、ただ音楽にかけては自信があるからステージへ夢をかけていた。ある夜、九ちゃんは出前の帰り道、自殺寸前の美少女久恵を救った。聞けば音楽大学の入試に失敗し田舎の父母には入学したと偽って勉強していたのだが、急に父母や村の有力者達が大学見学に上京してくるとい...
房雄と初子は友人達とオートバイの遠乗りに出かけ、帰途、トラックにはねられてしまった。初子の母親とよ枝は、かけつけた病院で医師の畔柳と二十年振りで再会した。二人はかつて、親の反対をおし切って一緒になったが、とよ枝は実家に連れ戻され、畔柳は戦争に駆り出された。その時、お腹には初子が宿っていた。二年後とよ枝は理解のある宮崎と再婚した。そして宮崎が死んでからは小唄の師匠をして初子を女手一つで育てて来たのだ。初子は母の過去を知らなかった。退院した初子は、畔柳の世話でSK出版社に勤めた。房雄の父はある会社の重役で、家柄の違いを理由に初子との交際を禁じていたが、房雄は取りあわなかった。その後、畔柳は小唄を習いに家にやって来た。母も浮々とした態度だった。それを不潔に思う初子は家を出る決心をした。同じ会社に勤める朝子も母親の再婚でショックを受けてアパートで一人暮しを...
質屋の息子池内政夫とトランペット吹きの坂本信哉、化粧品セールスマンの島崎吾郎の三人は仲のよい友達同士である。政夫の店の番頭英吉が週刊ミステリーに推理小説を政夫の名で投稿し入選したのが騒ぎのはじまりである。ミステリーの記者野村早苗や編集長桑原、政夫の父泰造までが大騒ぎで第二作執筆を政夫に強いる。信哉のアパートに政夫は逃げ出した。信哉は政夫の妹百合子を恋しているが、女給蔭山みどりに追いかけられたり、百合子と若旦那の水野金次郎の間に縁談が起こったりして気が気でない。吾郎の恋人は芸者の加根子である。早苗の姉で銀座のバーまゆみのマダム野村真弓は芸能マネジャー浜田に興味をもっていた。彼女の店には信哉がトランペットも吹いているクラブハートの経営者黒木や中国奇術師呉活彩、シャーリー陳などがよくやってくる。ある夜、電話でみどりの部屋を訪れた信哉は、彼女が短刀で刺さ...
老政治家里見は参議院選挙に立候補した。彼には洋画家西脇と結婚した和子、鉄工所長坂口に嫁した正子、雑誌記者谷川と結ばれた章子、それに俊雄の四人の子がある。娘たちは夫を連れてそれぞれ集ってきた。料亭竹水が選挙事務所にあてられた。その女将千代は里見と満州時代から関係があった。里見が当選したら本妻の座になおろうと思っている。坂口なども商売上のルートをつかもうと思って応援する。里見の旧友で政治ゴロになってしまった佐藤も何がしかの金が目当てで訪ねてきた。俊雄は父のすすめる政略的な結婚をきらい、恋人の純子の近所に室を借りた。和子と西脇の夫妻は純子に会い、すっかり気に入り内証で彼女を選挙の事務を手伝わせることにした。佐藤は事務の田中に里見の昔の女リツとの関係をもらした。谷川は田中からその話をきき、それを選挙の相手方に売った。キャバレーの踊子カオルとの手切金に困ってい...
松井、田村、金山は、音楽大学の仲良し三羽烏。正義に強いがお金がないという連中である。そこで始めたのが探偵事務所のアルバイト。或る日太平洋厚生事業団理事長の女秘書玉川マリから依頼があった。「太平洋厚生事業団」で非行青年センターをつくる計画があるが、それは営利本位の観光事業だというのだ。その仮面をはがしてくれるようにと五万円渡された三人、正義のみせどころと、早速社長の島村邸を訪れたが島村の老獪な口にまるめられたうえ娘の晴美に一目惚れする始末。以来毎夜のように、松井の家には事件から手をひくようにと脅迫電話がかかるがそれにもめげず調査を進めた結果、島村が娘と某省の役人の息子とを見合いさせている現場を目撃した。その写真を松井から受取った秘書のマリは、それを島村に示したが、彼は頑として自分の正道を誇示した。そんなある日、田村と松井は突如大型トラックに襲われた。敢...
京都東山南禅寺に小料理屋「小笹」を出す佐々木せいには、二十四歳になる美しい娘千鶴がいた。せいは、日頃親しくする西陣の織元梅垣のぼんとの縁談を望んでいたが、千鶴は何かふっきれぬものを感じていた。そんな時、かつてせいが祇園の舞妓だった頃、せいのファンであった山口が小笹を訪れた。大学教授だという山口を、格好の脱出先とみた千鶴は、母親の愚知を無視して、山口に連れられ上京した。途中、千鶴を連れて箱根に立寄った山口は、千鶴の亡父らと京大三人組と呼ばれた実業家の緒方を紹介した。そこで緒方の秘書長谷川に紹介された千鶴は、洗錬された長谷川に好感をもち、京都脱出が成功であったことを確信した。その晩千鶴のお酌で、学生時代に返った二人は、せいが千鶴の父と結婚した時に、すでにせいのお腹の中には千鶴がおり、三人の内の誰の子供か判らないと冗談まじりに話した。その話は千鶴に秘かな母...